ざっくりとした「ピンボールの歴史」
起源:玉転がしの遊びから

ピンボールのルーツは、18世紀ヨーロッパのバガテル。
斜めの盤に玉を転がし、ピンに当てて得点を競う、シンプルな遊びだった。
この「玉転がし」が、20世紀にアメリカでコイン式の機械へと進化する。
初期:ほぼ運ゲーだった時代
1930年代のピンボールには、まだフリッパーがない。
玉は落ちるだけで、結果はほぼ運任せ。
この頃のピンボールは、娯楽と賭博の境界にあった。
転換点:フリッパー革命

1947年、Humpty Dumpty が登場。
フリッパーにより、プレイヤーが玉を操作できるようになり、
ピンボールは「運の遊び」から技術のゲームへと変わった。
黄金期:アーケードの主役へ(70〜80年代)
エレクトロメカニカル機、そして電子化が進み、ピンボールはアーケードの中心的存在になる。
- Eight Ball Deluxe
シンプルで奥深い、定番中の定番。 - Black Knight
マルチボールと攻撃的な演出で時代を象徴。
この時代、日本でもピンボールは作られていた。
1970年代にはセガがアーケード向けピンボールをリリースしている。
90年代:完成度の極み
電子制御が成熟し、ルール・演出・物量が一気に進化する。

- The Addams Family
史上最大のヒット作。誰でも楽しめる完成形。 - Twilight Zone
ギミック盛り盛りの怪物マシン。 - Medieval Madness
分かりやすさと爽快感の理想形。
この頃、ピンボールは内容的には頂点に達していた。
暗黒期:2000年代初頭
90年代後半からビデオゲームが主流となり、急速に衰退。
2000年代初頭、実機を作り続けていたのは、ほぼ Stern Pinball だけという状況になる。
ピンボールは「もう終わった遊び」と見なされていた。
現代:競技として、カルチャーとして進化するピンボール
2000年代後半以降、ピンボールは単に「残った」のではない。
現代の遊び方に合わせて、形を変えてきた。



まず大きいのが、競技化だ。
e-sportsの流れと並行するように、ピンボールもスコアを競う明確な競技として再定義されていく。世界大会やランキング制度が整い、「上手さ」が誰にでも分かるゲームになった。
次に、技術の進化。
LEDによる盤面演出、迫力のある音響、LCDを使った情報表示など、
最新技術はそのままピンボールに取り込まれている。
ただし操作自体は昔と同じ――
シンプルなボタン操作のまま、体験だけが進化した。
そして重要なのが、世代の変化だ。
現代のピンボールは、
「昔を知っている人の懐かしさ」だけで支えられていない。
配信や大会をきっかけに、
若い世代が初めて触れるゲームとして選ばれる場面も増えている。
こうした流れの中心にいるのが Stern Pinball だ。
映画・音楽・ポップカルチャーと結びつけながら、
「初見でも楽しい」「競技としても成立する」設計を積み重ねてきた。
近年の Godzilla は、
その到達点のひとつと言える。

